すぎっちのスマイルブログ

音楽が好き!札幌在住。『カラフル・スマイル』というライブを月に2〜3回開催しています。

福山雅治はシンガーソングライターか?

私は、福山雅治氏の歌は紅白ぐらいでしか聴かないのだけど、聴くたびに「彼はシンガーソングライターなのかな?」と感じてしまう。

いや、ほとんどの曲を自分で作詞作曲して、歌っているのだからシンガーソングライターで間違いない。

メロディー以上に気になるのは歌詞。

彼が書く歌詞って、何かを音楽をとおして表現しようという試みというよりは、ファンが聴きたい歌、歌って欲しいことを耳触りよく歌っているという印象。

福山氏は、昨年暮れの紅白で「その人への歌という思いで作っています。歌は聴いた人が、これは自分の歌だと感じてくれた時が、初めて届いたといえるように思っています。福山には会ったことがないけど、どうしてこんなに自分のことが分かるんだと、そんな風に思ってもらえる歌をこれからも歌っていきたい」と言っていましたが、この広く共感を呼ぶ歌というのが、私がシンガーソングライターらしくないと感じる要因なんだと思います。

福山の歌詞は脚本のようで、福山はやっぱり役者なんだと思う。福山の歌に共感したり感動する人は多くいるのだと思いますが、私にはあまり響かない。

私はどちらかというと歌を聴いて、共感だけでなく、自分でも気付いていなかった感情や、見て見ぬふりをしていた感情や、新鮮な驚きや、棘のように感じる感情を感じたい。耳触りのいい歌では心に残らない。

つまり、私にとって福山はEXILEとかファンキーモンキーベイベーズと同じ類の音楽ということです。

あくまで、個人的感想なのであしからず。

 

《追記》

私がシンガーソングライターらしい人物として思い浮かべる一人が中島みゆきである。

2025.1.1.の北海道新聞第2部に、中島みゆきに関する記事が掲載されていたのだが、作家の桜木紫乃氏が、「中島みゆきは、寄り添わず、共感せず、求めない。ただ淡々と人の世を描写し、背景を掘り下げる。ゆえに、聴いた人の数だけ理解があり、救いがあるのだ。」と書いていた。私もそう思う。福山雅治が書く歌とは対照的だと感じる。

「ガールズバンドクライ」第四話感想

最初に断っておきますが、私はアンチ「ガールズバンドクライ」というわけではありません。

辛口の批評になってしまうのは、このアニメのリアリティラインから考えてしっくりこないところ、矛盾しているところがどうしても気になるから。

比較して申し訳ないが、「ぼっち・ざ・ろっく!」はギャグシーンやデフォルメキャラが出てくることで、ひとりちゃんや他のキャラクターの性格もデフォルメされていると感じとれるし、少々ストーリーや演出が飛躍しても受け入れやすい。

 

対して「ガールズバンドクライ」はリアリティラインは比較的高め。ギャグ要素やデフォルメはほとんどなく、SFやファンタジー要素がない分、新海誠監督作品よりもリアリティレベルは高いと思う。

それはそれでいいことだと思う。

リアリティラインが高いほうが、一般視聴者にも受け入れやすくなる。

 

気になるのは、楽器や演奏の描写もリアルだから、ストーリーや演出もリアルでないとバランスが取れないと感じる点。

この辺りのバランスの取り方が、どうもチグハグな感じがする。

今、私が感じているようなモヤモヤは、すごい展開や素晴らしい感動があれば、簡単に跳ね返せると思う。それは曲とアニメのレベルの高い融合によって実現できる(例として、マクロスFを挙げておく)。

今後、そのような展開になることを期待して視聴している。

 

第一話感想

https://dreams2013.hatenablog.jp/entry/2024/08/21/233210


第二話、第三話感想

https://dreams2013.hatenablog.jp/entry/2024/08/22/072008

 

さて第四話の感想です。

(若干のネタバレを含みます。ご了承ください)

 

冒頭では、初ライブ後の仁菜が舞い上がって、楽器店で妄想している姿が描かれる。

さて、実際に初ライブを終えた出演者はどう感じるのか。

私が見たり聞いたりした限りでは、もっとも多いのが、「緊張していたので、何も覚えていない」という答えだ。

次に多いのは、「歌詞が飛んでしまった」「演奏でミスした」と失敗に落胆する人。

その次は、初ライブの動画を見て、「自分ではうまく歌えたと思ったのに、全然ダメだった」と客観的に振り返って落ち込む人。

「楽しかった」とか「うまく歌えた」と満足する人は少数派だ。

 

仁菜の場合は、人前で歌うということに興奮を覚え、自己表現できたと感じているようだ。

初ライブの動画を自分で見た上でそう感じていたようなので、すごい自信家だと思った。

人前で歌うことに向いているのかもしれない。

一方で、気になる点が2つ。

実際にはこのタイプは自己満足度が高く、自分の足りない点、改善すべき点が見えていないので、伸びない可能性が高い。自分の歌や演奏に満足しない人の方が伸び代がある。

もう一点はこの作品での仁菜の扱い方で、最初から成長する必要もない完成度で歌えると描いている可能性。

以前から指摘している、この作品では努力よりも才能が重要で、仁菜にはシンガーとしてのチート能力があると描いている可能性だ。

これは、これでもいいといえばいいのだが、視聴者の共感は得難いのではないかと危惧している。

 

それと、ギターを弾きたそうな仁菜に対して桃香は「歌が疎かになる」と言って反対する。

これは一理あると言えばあるが、ギタリストがギターを弾きたいという人を断ることは、実際にはほとんどないと思う。

ギタリストは、誰かがギターに興味を持ってくれたら、めちゃくちゃうれしいのだ!(それはギターに限らず、ベースもドラムもそう)

自分が使ってないギターを貸して、手取り足取り教える、、、

普通はそうなると思う。

シンガーとしても、楽器を経験していた方が絶対によい。ライブでギターを弾くかどうかは別にして、楽器を演奏すればコードやリズムを意識するようになる。その分、歌もよくなる。

ギターが弾けるようになれば、曲作りもできるようになる(アプリでもできなくはないが、ロックバンドならギターで作曲したほうがいいと思う)。

ライブではギターが2本になると音に厚みが出る。ギターソロのときにもう1本ギターがあれば、音がスカスカにならずにすむ。ボーカルの仁菜はイントロ、桃香のギターソロ中、アウトロだけギターを弾けば歌が疎かにならずにすむ。

仁菜がギターを弾くメリットの方が多いと思う。

 

その後、スタジオに入る。オリジナル曲「声なき魚」をレコーディングしているようだ。

譜面が用意されていないのが気になった。

仁菜は歌詞を覚えている?桃香はかなり細かい指示をしていたから、譜面(または歌詞カード)にメモした方がいいと思った。

 

さて、この回では桃香とすばるという2人のキャラクターの人物像について描かれる。

 

仁菜は、桃香に今のダイヤモンドダストのことをどう思っているのか、脱退に至った経緯を聞く。

この聞き方がかなりデリカシーがなく、話したくない桃香から無理やり聞き出すといった感じだ。

仁菜って、まっすぐな性格というより、相手の気持ちが考えられない厄介な性格という気がする。

これは視聴者にそう見えるようにわざとにそう描いているのだろう。

製作陣は、他人の顔色を伺いがちな若者に対し、「そんな必要はないし、自分のやりたいことをやり、言いたいことを言えばいい」というメッセージを伝えたいのだろうか?

 

桃香は、希望だけを持って明るい将来を夢見てバンドで上京したのだが、バンドはうまくいかず自分が脱退するという挫折を味わった。

脱退の理由は語られなかったが、どうして仁菜は聞かなかったのか。仁菜が興味を持たないわけがないのだが。

仁菜が桃香を気遣ったような描写はなかったので、脚本上の都合だろうか?

 

仁菜は、ダイヤモンドダストのメンバーと写っている桃香の写真を見る。

仁菜は

桃香さん、こんな顔で笑うんですね」

と呟く。これは後のストーリー展開の伏線となっている。

 

その後、すばるがバンドをやめると言い出すのだが、それが祖母の訪問と関係していたことがわかる。

このすばるの脱退宣言は唐突だし、視聴者の興味を引こうという釣りにも見える。

すばるは「敵を欺くには味方から」と言っていたが少し強引だと感じた。

 

そして、すばるの祖母の前でエチュードの披露(ここで、祖母はすばるが俳優ではなく、別のことに気持ちが向いていると気づいただろう)。

 

仁菜はすばるに、芝居のセリフを通して自分の言いたいことを言う。

うーん、どうなんだろう?

 

すばるは仁菜に、家に来て、一緒に話そうと提案する。

いったん断る仁菜だがやっぱり行くことにする。 (これも仁菜の成長?)

 

すばると祖母の関係が語られる。

やっぱりすばるちゃん、おばあちゃん思いのいい子だった(完全にすばるちゃん推し!)。

 

仁菜は、「だけど今のままはよくないよ」とど正論をかます

その後、祖母に本当の気持ちを話そうとしたすばるを仁菜が寸前のところで止める。

いや、お前が止めるんかーい!!

これはないよね。

すばるは、仁菜と桃香に悪態をつくがそれで許してしまう。

すばるちゃん、なんていい子!!

すばるちゃん株が急上昇、仁菜株は大幅下落という第四話でした(桃香はステイ)。

 

 

 

「ガールズバンドクライ」第二話、第三話感想

第一話を酷評した私ですが、第二話、第三話を観て少し印象が変わりました。

(若干のネタバレを含みます。ご了承ください)

 

こちらは第一話の感想

https://dreams2013.hatenablog.jp/entry/2024/08/21/233210

 

第二話と第三話はひとまとまりのストーリーとなっており、第三話のフリーライブで歌われる「声なき魚」に集約されていきます。この脚本は見事だと思います。

 

第二話で、仁菜の拗らせ具合がかなり重度で、たいていの人が距離を置きたくなるような厄介な性格が提示されます(ここで仁菜に拒否反応を示して離脱する視聴者がいるかもしれないと思った)。

それでも桃香は仁菜の歌声を聴きたい、「声と心がいい」と言います。

 

第三話は、バンド経験者なら誰もが感じたことのある感覚を表現してくれています。

バンドとして初めて合わせるときの緊張感、ワクワク感、高揚感。

そして、1曲演奏し終えたときの感動です。

仁菜も桃香も、「鳥肌が立った」と言っていました。この感覚はバンドをやったことがある人なら、感じたことがある人が多いと思います。

すばるが「これを味わったらやめられない」と言っていましたが、まさにそのとおり。

バンドをやる理由って、単純に音を出して、音を合わせるのが気持ちいいから、なんですよね!

それをきちんと表現してくれていて、ああ、わかるよ!と思いました。

 

また、ライブをやる前にまずリハに入るのも私的にはポイントが高かった。

「ぼっち・ざ・ろっく!」は、リハよりもそれ以外のことに熱心で、「リハしろよ!」とツッコミながら観てました。

バンドをやったことがある人ならわかると思いますが、とにかくリハをしないと話にならない。

バンドというのは、ひたすら個人練して、曲を書いて、リハをして、ライブをしての繰り返し。

特にリハはライブが決まってなくてもする。

個人的に、バンドはリハありきだと思います。

 

バンドにベースやキーボードがいないことも、桃香が打ち込みとルーパーでカバーすると言っていました。

第一話の後半の路上ライブでなぜかバンドサウンドが聴こえてきた雑さとは対照的に、今回は丁寧に3人だけでバンドサウンドが出せる理屈を説明しています。

 

そう考えると、第一話は「このアニメはどういう内容のものか」を示すために、ツッコまれるのを承知の上であえて矛盾点に目を瞑って作られたのかもしれません。

リアリティを重視して丁寧にストーリーを展開すると、第三話までバンド演奏するシーンが登場しないことになり、このアニメがどういう内容のものかわかりにくくなる。

ロボットアニメで第一話にロボットが出てこないことがあり得ないように、「ガールズバンドクライ」では第一話で、桃香がギターを弾き仁菜が歌うシーンを入れる必要があり、少々強引かつご都合主義的展開になってしまった、と考えると少しは納得できるかもしれない。

 

ここから、残念な点をいくつか。

 

まず、新曲を作ったはずなのだが、曲作りのシーンがほとんど描かれていなかった。桃香が曲を作ってアレンジしたとしても、細かなメロディー、歌詞、アレンジの調整などはバンド全員でするんじゃないかなと思いました。

桃香も、自分の指示どおり2人に演奏させようとしてはいなかったようだし、3人で曲について、あーだこーだ話す場面があってもよかったと思う(これもバンドの醍醐味、楽しさ/反面、対立の原因、なんだけど)。

今回は時間がなくて桃香が曲を書きアレンジもしたのなら、そのような描写があってもよかったが、曖昧だった。

曲作りに関しては、後の回で描かれることを期待します。

 

曲作りと言えば、仁菜が桃香から教えてもらったアプリでの曲作りにハマり、すばるから「1週間でここまで作れるなんてすごいね」と褒められるシーン。そうか?

ああいうアプリって、とりあえず音楽知識ゼロでも簡単に曲っぽいものが作れるようになっているわけで、仁菜がすごいとは言えないと思うが。

 

それから、非常に気になったのが「歌を歌う=曲を書ける」と混同しているような?

仁菜から東京に出てくる以前のことを聞いた桃香が、「これで5曲は曲が書ける」と言っていたが、それは、仁菜から聞いた話をもとに桃香が書くのか、仁菜が自分で書くのか。

仁菜にはいきなり曲を書けるチート能力がある?

 

歌に関して。

リハのあと、声が枯れて出なくなった仁菜。

未経験者がバンドで歌うと、どうしても喉で歌ってしまうので、ありがちなんだが。

これに関して、バンドボーカル経験者の桃香が指導、、、する場面はない。それどころか、「朝になれば治るよ」で済ます。うーん。

いくら声がよくても、まずきちんと発声できるようにトレーニングしないとバンドのボーカルは務まらない。仁菜が自主練している場面もなく、ライブ当日になっていた。

このままの歌い方では、声を潰す原因にもなりかねないと心配です。

 

ここで気付いたのだが、このアニメでちょっと危惧してしまうのは、努力する場面を出さないところ。

努力はダサいと思っている?

才能さえあればよい?

音楽って、才能も必要だけど、それ以上に地道な練習という努力の積み重ねが大事なんですよね。

それを描かないのは、よくないと思うなあ。

 

もう一点。

ライブ当日、いつもの普段着で会場入りした仁菜に、桃香とすばるがダメ出しするのだが、あらかじめ衣装について打ち合わせはしてなかったのか?

女子バンドなら、ライブが決まったら、絶対に衣装やメイクをどうするかという話になるはず。

桃香はバンド経験があるのだから、当然、ステージにおける衣装の重要性もわかっているはず。

 

さらに、ステージに出てこない仁菜に対し、マイクを通して呼び掛ける桃香

これ、アニメではいい感じの場面になってたけど、実際にやったらめちゃくちゃカッコ悪いと思います。

 

さて、第三話の最後に歌われる「声なき魚」

 

https://youtu.be/sCDwSCYEWoY?si=lQ58toDODo4uHH9u

 

この曲の歌詞は、第二話、第三話を通して描かれてきた仁菜の心情そのもの。

そして、聴いている人も、仁菜と心情を重ね、歌詞の内容に共感する、、、

 

いや、まだこの時点では、そこまで至っていないような気がする。

 

なぜか。

 

それは、仁菜というキャラクターの生い立ちや家庭環境がなかなか理解しがたく、共感しにくいからだと思う。

そして、前述したように、仁菜は今のところたいした努力もせず、憧れていたミュージシャンの桃香に偶然出会い一緒にバンドをやることになったラッキーガールでしかないからだ。

音楽的才能があるように描かれているが、まったく根拠のないチート能力に見えてしまう。

 

さらに気付いてしまったのだが、このあたりの努力と才能のバランスに関して、「ぼっち・ざ・ろっく!」は非常にうまく描いていた。ひとりちゃんは、才能もあったが、ひたすらひとりぼっちでギターの練習を重ねた過去がきちんと描かれていた。

 

さて、「ガールズバンドクライ」では、そのあたりをどう描いていくのだろうか?

 

「ガールズバンドクライ」第一話感想

音楽やっててアニメが好きな人たちの間で話題になっていたから、今さら感はあるけど観といた方がいいかな、と思って観ることにした。

感想というか、ツッコミになってしまうかも。

 

どうしても、音楽やバンドをテーマにしたアニメって、音楽をかじったことがある人からするとおかしいと違和感を感じてしまう場面があって、気になってしまう。

それは、「ぼっち・ざ・ろっく!」しかり、「パリピ孔明」しかり。

マクロス7」のような設定自体が現実離れしているアニメなら、多少のことも気にならないのだが、現代を舞台としていて、ある程度リアリティがあるアニメだと、ちょっとおかしな描写があると非常に目立ってしまう。

まあ、あまりリアルにこだわり過ぎても、ドラマとして面白くならないかもしれないが、私が視聴して違和感を感じた点を3つに絞って述べたい。

(第一話について若干のネタバレを含みます。ご了承ください)

 

「ガールズバンドクライ」第一話は、ストーリー自体はまあ、ありふれている導入だと思う。

田舎で暮らす女の子が、田舎には居場所がなくて上京、憧れの人と偶然出会い、物語が動き出す。

 

ここで根本的な疑問が湧く。

どうして偶然の出会いなんだろう?

仁菜がダイヤモンドダストの曲が好きで1000回も再生しているなら、ダイヤモンドダストの動向はチェックしているはず。どうしてバンドのギターボーカルでありソングライターである桃香が脱退することを知らないのだろう?

インディーズといえども、音源を出しているぐらいなのだから、メンバー脱退の告知はするだろう。

また、仁菜の地元熊本でのダイヤモンドダストのライブはなんらかの理由で中止になったようだが、それならなおさら、東京に行ったらまずダイヤモンドダストのライブを観たいと思わないだろうか。

仁菜はなんの目的もなく東京に出て来たのだろうか?

(仁菜が新居に入れず、桃香に助けてもらうくだりが必要なのだろうが、出会いは偶然でなくてもいいと思う)

 

次に感じたのは、ギターの扱いが雑ということ!

仁菜が雨の中、ギターケースに入れずにギターを手に持って桃香を探す。ギターを雨に濡らしちゃダメだよ!

ボディやネックが変形する可能性があるし、電気系統に水が入ってサビたら音が出なくなる可能性もある。

その上、仁菜は転んでギターを投げ出してしまう。これ、完全にボディに傷がついたよね?

ストラップがついてるのに手でギターを持って走るのは不自然に見える。ギターのことを知らなくてもストラップを肩にかけて運ぶだろう。

おそらく、転んでギターを投げ出す演出をするために手に持たせたのだろうが、その演出自体が型通りというか古臭く感じてしまった。

また、部屋にギターを置く時にギタースタンドを使っていないのも気になる。桃香のギターのシェイブはジャズマスタータイプだが、立てて置くようなバランスで作られていないからすぐ倒れる。倒れると、傷がついたり、下手をするとネックが曲がったりする。

 

3つめ、最後の路上ライブシーンもツッコミどころ満載だ。

川崎市で路上ライブを観たことがないから、もしかしたらありなのかもしれないが、川崎市のホームページを見ると路上ライブでアンプやドラムセットを使うのはご遠慮ください、と明示している。アニメでは思い切りアンプやドラムを使って大音量で演奏していたけど、警察に通報されたらアウトだ。

 

https://www.city.kawasaki.jp/templates/faq/250/0000109339.html

 

仁菜は、前夜に揉めた相手の路上ライブに乱入するが、なぜ敵対していたはずの相手が協力的なのか、よくわからない。

仁菜の呼びかけに応えて、桃香が現れていきなりギターを弾き出すけど、あんな雑な扱いされたら、チューニングは狂いまくってるよね、、、

(チューニングしてる描写はなかった。まあ、ストーリー展開上、チューニングのシーンがないのは理解できるが)

 

そして、ここからが一番問題と思われるシーンである。

桃香のギターはアンプに繋がってないのに、どうしてあんな音が出るのか、そこにいないはずのベースやコーラスの音が聴こえたり、敵対する2人(ドラムとギター)がダイヤモンドダストの曲を即興で演奏できるのはなぜか。

まあ、この辺りのことはご愛嬌としても、だ。

バンド経験も何もない仁菜がいきなり路上ライブで歌うというのはかなり違和感があった。

やってみればわかるが、誰も知らない人たちの前でいきなり歌うということはかなりハードルが高い。ましてや、田舎から出て来たばかりの17歳の女の子だ。

また、バンドで歌うということは、カラオケとは違うのだ。

曲を知っているというだけで、何の経験もなく、いきなりバンドで歌ってパフォーマンスできるなんてことはあり得ない。歌っている曲も、経験のない人が簡単に歌いこなせるような曲ではない。何しろ、いきなりボーカルから入る曲なのだ。

これが、現代のリアルなストーリーでなければ、「特殊能力の覚醒」で済ませられるのだが(だから異世界もののアニメが多いのか)。

 

他にも、桃香がバンドメンバーに曲の権利をあげたと言っていたが、具体的にどういうことを指しているのか?

桃香が作詞作曲した曲で著作権があるなら、著作権(著作人格権)は他人に譲渡できないはずだ。

(この辺りのことは専門的な法律の話になるのでここでやめておく)

 

それと、どうして3Dアニメなんだろう?

楽器をリアルに描くため?

楽器だけリアルに描いても、描写・演出にリアリティがなければ意味がないと思うのだが。

これは、リアリティラインが絵と演出で噛み合っていないということになると思う。

それにこの3Dアニメには違和感がある。ゲームの画面を見ているみたいだ。頑張ってキャラクターの表情を表現しようとしているのはわかるのだが、そう見えてしまう時点で感情移入できない。

オープニングでは、通常の2Dアニメ(セルアニメ)が使われていて、そちらの方がやっぱりよい。

 

色々述べたが、いい点もある。

曲がいい!

曲がよくて、キャラクターやストーリーとうまくリンクすれば、先に述べた違和感のすべてを覆すこともできる。

(「ぼっち・ざ・ろっく!」も当初の展開はツッコミどころ満載だったが、最終的には曲のよさが凌駕した。「マクロスF」しかり、「君の名は」しかり、「竜とそばかすの姫」しかり。)

音楽とリンクしたアニメの強さ。

今後の展開に期待したい。

 

 

 

 

 

私のバースデーライブ不要論

私は5月が誕生月ですが、なるべく誕生日前後に企画ライブ(カラフル・スマイル)を入れないようにしてきました。

その理由を述べていきますね。

なお、これはあくまで私の個人的な考え方です。

アーティストのみなさんがバースデーライブを開催することはとてもよいことだと思っています!


**もくじ**

①出演依頼時に「バースデーライブ」だと書く?

②ライブ中にサプライズ!、、、でも温度差が、、、(アーティスト編)

③ライブ中にサプライズ!、、、でも温度差が、、、(お客様編)

④プレゼントを用意してくれるアーティストも

⑤お返しは?

⑥まとめ〜バースデーライブは不要?

 


(以下本文です)

 


①出演依頼時に「バースデーライブ」と書く?


まず、出演者への出演依頼時に、「私のバースデーライブだから出演してほしい」と書くと、オファーされたアーティストは断りにくくないですか?

出演を断ったら、お祝いしたくない薄情な人だと思われてしまう、、、

そう考えて、無理にでもスケジュールを合わせてくれるかもしれません。

私はそういう無理をアーティストに押し付けたくないです。

そもそも「自分の誕生日を祝うために、ライブ出演して欲しい」だなんて、ちょっとおこがましいと感じてしまいます。

 


②ライブ中にサプライズ!、、、でも温度差が、、、(アーティスト編)


バースデーライブ当日、おそらく出演者がサプライズを準備してお祝いしてくれると思います。

実際、私が誕生日に近い日付でカラスマをやったときもサプライズでお祝いしてくれました!

それはとてもうれしい!!


、、、うれしいんですが、あとで考えてみると、、、


心からお祝いの気持ちを表してくれるアーティストがいる一方で、何度か私がライブを観に行って出演してもらったけど、誕生日をお祝いするほど親しいとは思っていないだろうなというアーティストもいました。

うーん、なんだか申し訳ないです。

そのアーティストとって、私の誕生日をお祝いするぐらいなら、こまめにライブに来てくださるお客様や、お世話になっている関係者など、他にお祝いしたい人がいるかもしれません。

その人の気持ちを尊重していないような気がしてしまいました。

 


③ライブ中にサプライズ!、、、でも温度差が、、、(お客様編)


ライブ中にサプライズでお祝いしてもらうと、お客様も巻き込むことになります。

中には心優しくて一緒にお祝いしてくれる方もいらっしゃいますが、ほとんどのお客様からすれば、

「出演者目当てでライブに来たのに、どうしてこの人の誕生日をお祝いしないとならないの?」

と感じてしまうでしょう。当然だと思います。

しらっとした雰囲気が漂う可能性も高いです、、、私はそういう雰囲気には耐えられない、、、

お客様に来ていただくだけでも申し訳ないので、自分のバースデーライブと銘打つなら無料にするでしょうね。


④プレゼントを用意してくれるアーティストも


私はあくまで企画者であって、アーティストから何かしてもらう立場ではないと考えているのですが、心優しくて私にバースデープレゼントを用意してくれるアーティストもいます。

とてもうれしいのですが、そんな気遣いや負担をさせてしまったという負い目も感じてしまいます。私にそんなふうにしてもらうのは申し訳ない。

 


⑤お返しは?


自分のバースデーライブと称して出演してもらったら、当然お返しが必要かなと思います。

お返しは、出演者のバースデーライブを企画することでしょう。

しかし、出演者全員のバースデーライブを開催できるかというとかなり難しいし、逆にバースデーライブはやらないという考えの方もいる。

ある人にはお礼して、ある人にはしないというのも不義理な感じがしてすっきりしません。

 

ライブ後に打ち上げを行い、出演者分は私が負担することでお礼とする、という方法もあるかもしれません。

でも、バースデーライブに出演してもらった上で、打ち上げまで出てもらうのも申し訳ない。

お客様も参加可とした場合、アーティストさんは人見知りな性格の方が多いので、多大な気遣いをさせてしまう(結局、アーティストさんで固まって飲むということになりがち)。

 


⑥まとめ〜バースデーライブは不要?


こんな感じで、自分の誕生日だからと称してバースデーライブをやると、なんだかすっきりしない結果になりそうです(これは私個人の感想です)。


アーティストがバースデーライブをやるのはいいと思います。

ファンのみなさんも共演者も、そのアーティストをお祝いしたい人が集まるわけだから。


でも、企画者はそういう立場ではないと思います。

もしかしたら、私が気にし過ぎなのかもしれません。

私は、自分が何かしてあげたい人のために苦労するのは耐えられるのですが、自分のことで気を揉んだり、他人に負担を掛けるのが苦手、、、

メンタルが強ければ、毎年自分のバースデーライブを企画できたかも!笑


それと、以前出演者からこんなご意見をいただきました。

「杉野さんは、誕生日に合わせて企画ライブを組んでいるわけではなくて、毎月コンスタントにカラスマを開催しているんだから、たまたま誕生月に出演した人たちが自主的にお祝いしたいというなら、素直に受け取ればいいのに」

なんて優しいお言葉。そう言ってもらえるだけでうれしいです。

 

劇場版「機動戦士ガンダムSEED FREEDOM」2回目鑑賞

先週なんですが、劇場版ガンダムSEED FREEDOM
妻と一緒に2回目、観てきました!
これで、やっと家でネタバレの話ができる😄笑

2回目の方が感動して観ることができました😹
1回目は特に後半の怒涛の展開に、脳が追いつけずに呆気に取られてしまいましたからね、、、😅
1度観た方も、2回目の鑑賞をオススメします!

今回はパンフレットも無事購入できました(前回は売り切れてた)。
興味深い話が色々と載ってますね。

思うにSEEDの世界って、ナチュラルとコーディネーターの間には深い溝があって、それを埋めることはかなり難しい。そのせいで争いがなくならない。
キラやラクスがやろうとしていることは途方もなく難しいことなんですよね。

それにしても、ナチュラルとコーディネーターという設定は本当によくできていると思う。
福田監督は、「人間がお互いの違いを認めることの難しさの象徴として、ナチュラルとコーディネーターという設定を考えた」と言っている(コーディネーターという概念を提案したのは、脚本家であり、福田監督の妻であり、2016年に亡くなった両澤千晶さんだそう)。

ここからは少しネタバレになるので、未視聴の方はご注意ください。

 

 


今回のFREEDOMでは、コーディネーターを超える(統率する)特別な存在として、アコードという人間が登場した。
キラ・ヤマトはスーパーコーディネーターと言われて普通のコーディネーターより高い能力を持っていると思われたが、実はアコードの出来損ないだと明かされた。
そして、ラクス・クラインはアコードだった。
今回、お互いの愛を確かめ合うことができたキラとラクスは、スーパーコーディネーターとアコードのカップルというわけだ(なんだかんだ言って、スーパーカップルなわけです😅)
もし続編が作られるとしたら、コロニーメンデルで何が行われたのか、二人の出生の秘密を探って欲しいと思う。

そして、アスランカガリカップル。今回もいい関係が描かれていました😄
続編では、この二人にもっとスポットを当てて欲しい!
二人の立場を考えると、結ばれるには幾多の困難があると考えられるけど、今度はキラがアスランを鼓舞して、、、なんて熱い展開を期待してしまう😅
それにアスランカガリの二人だとコーディネーター(アスラン)とナチュラル(カガリ)のカップルということになる。
コーディネーターとナチュラルは理解し合えるのか、SEEDという作品のテーマを掘り下げるのに最適だと思います。

ということで、気が早いけど劇場版の続編に期待します!
今度は18年も待たないといいな😄

#ガンダムSEEDFREEDAM

カラフル・スマイルについて思うこと

最初の一歩を踏み出すことは容易じゃない。勇気が必要。

その勇気が未来の可能性を切り拓く。


いま、活躍の場を広げているアーティストにも、必ず最初の一歩があった。その一歩目を忘れないことが、初心を忘れないということだと思う。

初心を忘れてしまうと、土台を失った建造物のように、ぐらぐらと揺れて、下手をすると崩れてしまう。


今日、一歩を踏み出した彼女らに祝福を。

カラスマがその一歩目を踏み出す場所となっていたならうれしい。

その場所をなくさないために、この10年間、コロナ禍になっても毎月カラスマを開催してきた。


必要なら二歩目、三歩目もサポートさせていただきます。

その一歩一歩、進む先に道が伸びてゆき、アーティストの可能性を示す。

可能性は光、光は愛だと信じます。